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ノラや ノラや ノラや [日記]

私の家には一匹の野良猫が棲みついている。収穫寸前の麦畑の日向と木陰の色を縞にしたトラ猫だ。デブ猫とまではいかないがふくよかな体つきをしていて、のそりのそりと重みのある足取りで塀を歩く。
印象的なのはその瞳だ。
明るいグリーンの大粒の宝石が3m先からじっとこちらを見据える。麦畑の真ん中に突然現れた澄んだ泉。その瞳に吸い寄せられてこちらが一歩あゆみよると、くるりと踵を返し、私の視界には狸のような太い尾がのしのしと左右に振れながら遠ざかるさまだけが映し出される。

猫の名を「翡翠さん」という。
私がつけた。
その瞳が翡翠のような色をしているからだ。

翡翠さんが特にお気に召しているのは我が家の勝手口の軒下だ。勝手口の3段続く小さな階段の脇のところで、目を細めて西日をこんもり浴びる。これがたまらないらしい。
初めて翡翠さんに出会ってからもう長いこと経つが、私との距離は3m以上には縮めさせてはくれない。けれど、翡翠さんが勝手口の階段の脇にいるときだけは台所の窓から覗くことを許してもらえた。
こうして我が家を馴染の場所にしてもらえたのは、私にとっても嬉しいことだった。

買い物に町に出ると、古い家が壊されて空き地になっているところに別の野良猫が丸まっていた。白と黒のぶち猫。毛糸玉みたいだ。伸び放題になっている雑草をふかふかの布団にして眠っている。こちらがずっと眺めていてもぴくりともしない。
あまりに気持ちよさそうなので、私はその様子を写真に収めようかと思った。
しかし携帯カメラのシャッター音はなかなか壮大な音がする。
昼寝の邪魔をしてはならないなと、私はその場を離れた。

翌日は雨だった。
私は締め切りの迫っていた懸賞の応募はがきを書くと、近くのポストまで出しに行った。その道の途中には、あの空き地がある。前を通り過ぎると、昨日とまったく同じ位置で昨日のぶち猫が丸まっていた。
(こんな雨なのに…寒くないのかしら)
もっと暖まれる場所にいけばいいのに。よっぽどこの場所が好きなのね、と思いながら私は前を通り過ぎた。

その次の日も、空き地の同じ場所にぶち猫はいた。
天気は曇で、あまりひなたぼっこに適した日にも思えなかったのだが。
それから何日かして、またそこを通ると、もう猫はいなかった。
その日はきもちのいい秋晴れで、今日みたいな日こそひなたぼっこに適していると思ったのだが。
空き地でそれ以来ぶち猫を見ることはなくなった。
ぶち猫がくるまっていた場所の、円形に雑草がなぎ倒された跡だけが空き地に残った。

ある日、ごみを出そうと勝手口を開くと階段のところで翡翠さんが眠っていた。
あら、おやすみのところ邪魔してごめんなさいね、と恐縮したが、翡翠さんはぴくりとも動かなかった。
ごみを出して帰ってきても、変わらずにそこにうずくまっている。
私は異変を感じて、翡翠さんの背中に触れた。
初めて触るそのからだは、もう冷たくなっていた。
私は翡翠さんのお気に入りだったその場所に大きな穴を掘り、そこに翡翠さんを埋めてお墓を作ってあげた。
猫は人目のつかない、自分の気に入った場所で死ぬという。
翡翠さんが最期の場所として私の家を選んでくれたのが嬉しかった。

あれから、何日もあの空家の前を通るがぶち猫の姿を見ない。
きっともっと暖かなひだまりのなかに行ったのだ、と私は思う。
あの場所が空き地になる前から、そこはぶち猫のお気に入りの場所だったに違いない。家があって、家人がいて…そのすべてをぶち猫は愛していたのではないか。だからそこが空き地になっても、ぶち猫は帰ってきたのだ。
一番最期の瞬間を、お気に入りの場所で過ごすために。

翡翠さんはいま、暖かなひだまりのなかでうつらうつらと居眠りをしている。
それはとても気持ちよさそうなのだけれど、私はまだその側にいくことはできないらしい。
もしも私がそちら側にいくことになったら、今度は3mといわずすぐ隣でひなたぼっこをさせてほしいなあ。

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