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風鈴の精と夏の風 [日記]

(朗読の声・立花隆さん希望)


風鈴の鳴るタイミング、というのは、どこか音楽めいていて、誰かの計算が働いているように感じることがある。
たとえば、こう考えてみよう。カーテンレールの上に風鈴を鳴らす精がどっかと涅槃像のごとく寝そべっていて、いまかいまかと鈴を鳴らすタイミングを見計らっている。出来過ぎたタイミングで鳴る風鈴というのは、この精の気まぐれと取り計らいに拠るものなのだ。

え? そんな精見たことないから、居るわけない?
よく見てごらんなさいな。ちゃんといるでしょう。
カーテンレールの上に、栗色の巻き毛をざっくばらんに後ろで束ねて、麻の布をぐるりと被っただけのような衣服を身に纏っている女が。
女は麻の布の襞の隙間からたくましいおみ足をのぞかせて、寝そべってはいるけれど手元だけは緊張を帯びた様子で風鈴の糸を握っている――。

 *

外の気温は35℃を越えた。今日は風もなく、部屋の中には熱気が充満している。
家主は団扇で顔をあおいでいる。そんなに暑いのであれば窓を閉めて設定温度26℃のクーラーの電源を入れればいいだろうに。ランニングシャツには汗で大きな地図ができている。
「あなたー。窓閉めてクーラー入れてくれないー?」
ほら、言わんこっちゃない。台所の婦人からも勧告が出た。
「んあぁ」
家主は生返事をした。面倒くさそうな口よりも、団扇を動かす手のほうが忙しなく動く。
家主の首の根元から噴き出た汗が、するりと背中へこぼれ落ちていった。

依然として、室内は蒸し器のような暑さがむんむんと渦巻いていたが、家主は突然、団扇をあおぐ手を止めた。
ぱたぱたとリズムを刻んでいた音が止み、部屋の中に静寂が訪れる。
りん――。
カーテンレールのところに提げてある風鈴が鳴った。
わずかにレースのカーテンが揺らいでいる。
家主は眼を閉じた。
今度は大きくカーテンが揺れる。首筋の、幾筋にもついた汗の跡を風が撫でていく。
風の到来を告げるベルは、軒下で鳴っている。風の往き来する度に、りん、りん、と。
「いい風だ」
融けかけたグラスの氷が、カラン、と音を立てて液体の中に沈んだ。


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